小野市
 夢の森公園〜かわい快適の森


■ 登山日   平成22年1月30日(土)                                            
■ コース      夢の森駐車場9:03 → 金鑵城(かなつるべじょう)遺跡住居跡9:07 → 夢の森散策9:22 → かわい快適の森泣き石展望台10:00 → 山の神10:11 →  龍翔ドーム10:35 → 夢の森駐車場11:17  
■ 地形図名    2万5千分の1 社(姫路)   Route map
■ 登山口   小野市昭和町 Road map  
金鑵城跡
井戸跡(イメージ復元)
やぐら
散策道
東 屋
泣き石
泣き石展望台
夢の森駐車場 金鑵城(かなつるべじょう)遺跡住居跡

水 神
八ヶ池畔の快適な遊歩道
龍翔(りゅうしょう)ドームとこども広場 
岩浪神社
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明るい散策路 山の神

かわい快適の森

金鑵城跡からの展望

夢の森公園

9:03  夢の森駐車場に到着する。駐車場の中に立派な東屋風の木造建屋がありトイレが完備されている。また、写真でも分かるように日当たりのいいところにちょっとした休憩用スペースが設けられ地元の老齢者の談笑も見受けられ、交流の場として利用されている。自動販売機も設けられ、帰りには、老齢者が囲碁をされている姿も見かけました。
9:04 この周辺は、金鑵城という城跡ですが、それが、築かれる前は弥生時代に集落が営まれていました。集落の所在する青野ヶ原台地は、標高94mで台地下とは、約60mの比高差があります。このような集落は、高地性集落と呼ばれ、瀬戸内地域や大阪湾沿岸に広く分布していますが、加古川沿いの内陸部に営まれているのは珍しい例であるといわれています。見張り、軍事的施設、争乱による逃げ場所、烽火台などの役割が想定されています。

9:07 この城は、青野ヶ原台地上の遠望がきく、要害の地を選んで築かれた山城です。ここから、河合城、堀井城、小堀城など室町時代から戦国時代にかけて市内に築かれた城郭を見渡すことができます。城主は、播磨を治めていた赤松氏の有力な家臣中村氏とされ、後に三木城の別所氏の持城となっています。
 この城の「かなつるべ」という城名は、伝承によれば城内に井戸があり、その井戸の水を金のつるべで汲み上げていたことからとされています。井戸の場所がわかっていないことから、「一遍聖絵」などを参考にして復元されています。。

9:09 櫓を見学します。こちらも大きな展望が広がっています。当時ここより見張りを行っていました。文化財の復元として建てられており、建築基準法上の建物ではないため、櫓に登ることは、禁止されています。

9:22 この公園内に縦横無尽に散策道が延びています。トイレや東屋も完備され、広葉樹のヤマザクラ、クヌギやコナラが林立し憩いの場として森林浴、ウォーキングを楽しめる空間を創出している印象が残ります。

9:59

10:08 かわい快適の森も明るく広い散策路です。快適な道歩きが続きます。
10:11 米の豊作と山仕事の無事を守ってくれる神様で、いつからまつられるようになったかははっきりしていませんが、300年以上は、経つということです。毎年1月8日と9月8日がおまつりの日で、お酒、オコゼの煮付け、4本の矢が供えられます。
4本の矢のうち、1本を戌亥(北西)、1本を凶の方向、1本を凶が防げる方向に放ち、その年の災いを取り除くそうです。

10:25 山の神より一旦は、里へ降りるルートとなります。そして八ヶ池の畔を歩く、明るく快適なルートを進みます。
10:29 八ヶ池の一角に水神様が祀られています。昔、この池には、竜が住んでいて人々を困らせていました。この付近にあった慶徳寺の偉い和尚さんの話を熱心に聞いて、人間に生まれ変わることができました。竜は、そのお礼として竜のうろこをお守りとしてお寺に残すとともに、水を湧き出させ、この池の水が枯れないようにしたとのことです。村人は、いつのころからか、この池のほとりに水神さんをまつり、池の守り神としています。また、水が湧くころところは、「ジャスイ」とも呼ばれ、今も水が枯れることなくこんこんと湧き続けています。

10:35 多目的に利用されている龍翔ドームに到着。芝生広場でもあるこども広場が併設されており、憩いの場としても多くの市民に利用されています。
隣に岩浪神社がありここでかわい快適の森のルートの道歩きを終えます。再度、駐車地である夢の森公園に向かう。

11:17 夢の森に到着し、今回の散策を終える。

城跡からの展望です。播磨平野が一望できる大パノラマで、見事な景観です。

10:00 展望台のある泣き石と呼ばれている巨岩の地点に到着です。高さ約1.7mの自然石の碑で、河合西町大塚山の先端部に、集落側を向いて立っています。むかし、有力者がこの石碑を屋敷に持ち帰ったところ、帰りたいと泣いたので、元に返したという伝承があったことから、「泣き石」と呼ぶようになったようです。
また、碑面の中央部に「大日如来」を示す種子が刻まれていることから「大日塔碑」とも呼ばれています。亡くなった人への供養塔として、室町時代初め頃に立てられました。

夢の森公園からかわい快適の森へ向かいます。標識によると約2kmの道歩きとなります。森の中の散策道、舗装道路、のぞかな田舎道を進み、泣き石展望台へ向かい歩きます。道の要所要所に道標が設けられていますので迷うことはありません。かわい快適の森の中も道が明確で明るい道歩きです。