2008. 3. 29 (土)

 コース・・・黒井城登山口10:00 → 獣除ゲート10:05 → 石踏の段跡10:20 → 黒井城址10:30 → 多田方面への分岐点10:55 → 多田方面と黒井方面への分岐11:05 → 獣除ゲート11:25 → 黒井城登山口11:40 

 黒井城の歴史は遠く南北朝時代まで遡る。国指定史跡の立派な山城を築き上げたのは戦国時代の終わり頃に城主となった荻野(赤井)悪右衛門直正。標高356mの頂上の本城部分も含め周囲8kmに及ぶ猪口山全体が巨大な要塞で、山中のいたるところに曲輪や土塁、空堀など戦国時代の遺構がそのまま現存し、典型的な戦国時代の山城跡と高い評価を受けている。山頂からの展望がすばらしく、別名を「保月城」ともいう。



黒井城址

広い駐車場・・・もう数台の先客があった。登山口へ向かう。

駐車場隣りに設置の登山口標識

獣除けのネットフェンスの出入り口・・・丹波地方は、獣害が深刻なのだろう。こういう設備が非常に多い。

登山口からの道の様子。ここではまだこんなに広い道。車の通行も可能。

倒れ掛かった頂上までの距離標識。相当傷んでいる。

駐車場にある黒井城址説明板

石踏の段跡・・・名称の由来は不明。広々としている。休憩ポイントとしても良い。

登山道は、はっきりしている。分岐道に道標を取り付けてもらいたい所もある。

石踏の段跡の山門

曲輪 (くるわ)とは、城郭内にある一定区画を分かつ区域である。郭(くるわ)とも書く。江戸時代以降は、郭ともいう。曲輪は、防御陣地・建造物を建てる敷地・兵の駐屯施設として、城郭の最重要施設。中世の城郭では、多数の小規模な曲輪をもつものが多く、近世の城郭では少数の大規模な曲輪をもつものが多いと言われる。

頂上の周りには、桜が植えられている。蕾も膨らんでいる。来週には満開となり、いい宴会場になるに違いない。

二の丸を過ぎ、本丸にある保月城址の石碑。千丈寺山、五大山が見えている。

西曲輪から千丈寺山方面の道の様子を確認。トラロープが張り付けてある急激な下り坂。道も荒れている。

下山は、多田方面へ進む。

幅広の快適な尾根道を下る。

らくらくコース

険しい近道

下山道

険しい近道とらくらくコースへの真新しい道標。下山する方向に進む。

くろいと多田との分岐。駐車場のあるくろい方面に進む。ここから道が一変する。

荒れた道になり、シダっぽくなる。所々道が見え隠れするようになる。コース上を白いヒモで誘導している。

白いヒモで下山コースを明示している。ヒモが結び付けられているところから右折する。

下山道の突き当たりの池。ここから何も明示されているものはない。池の周囲を歩く。

獣除けネットフェンス・・・ここを通過すれば下山できる。どうやっても開かない。久々に焦る。周囲を見渡し、民家近くに1箇所ネットフェンスがあった!そこから脱出を試み成功!

この軽量鉄骨で固定している

黒井集落から望む黒井城址

地図はこちらから

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