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( コース ) 
登山口9:50 → 鳥居10:00 → 大山荘園木柱10:10 → 園林寺跡10:15 → 金山城址10:25 → 鬼の架橋10:40 → 園林寺10:55 → 下山11:30 

 
金山城(現篠山市)は、戦国時代天正6年(1578年)に明智光秀によって築かれ、頂上には本丸の石垣が残っている。頂上付近には、鬼が架けたと言われる「鬼の架橋」があり、国道176号の丹波市柏原町側からも望むことが出来る。江戸時代の浮世絵師の安藤広重が天保五年に丹波路へ入り「日本六十余州名所絵図」として描いた。
金山には、明治、昭和、平成と3本のトンネルが掘られており、明治のトンネル(鐘ヶ坂墜道)は明治゙16年に造られ、国内では5番目に古く、現存する煉瓦積み工法では日本最古と言われている。

 

2007. 5. 12(土)  

金山

登山口にある金山城址の解説板

金山の麓にあるの追入神社の様子。この場所の南側に数台の駐車スペースがある。

登山口の様子。お灯明の先を進むと登山道の標識がある。

いろいろな標識がある。”金山公園整備事業”で昭和56年に金山周辺が整備されている。登山への心得の標識もある。

展望はないが、明瞭な登山道である。金山址まで1千mの標識。

綺麗な登山道が続く。こんな鳥居の下をくぐり抜ける。道は、なだらかである。

鬼の架橋まで600mの標識。大山緑の少年団により植林された標識まである。

”大山荘園を望む”と記された木柱。大山荘園は、東寺が開いたものだという。登山途中、展望が唯一望めるところである。

園林寺跡である。この前は、大きな広場になっている。”南妙法蓮華経”と記された石柱と建屋があった石垣から往時の様子を伺わせる。

金山城跡馬場址の木柱。ここで、馬を繋いでいた?ということだろうか。解説板がほしいところだ。

金山城址まであと300m。もう一息である。随所に道標があり登山者への配慮を伺わせる。

山頂手前の三方へのの分岐点。左は、鬼の架橋。中央は、金山城址。右は、トンネルへのコース。中央へ進む。多くのの標識で大変賑やかだ。

広くゆったりとした金山城址。新緑の木が眩しい。木々の間から展望も望める。

木々の間から顔を覗かせる譲葉山。なだらかな山容に新緑が輝いている。

譲葉山

鬼の架橋と周囲の奇岩。安藤広重の「六十余州名所図会」に描かれている。

鬼の架橋




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