金紋酒造 店内

 北陸旅行
金紋酒造~一乗谷朝倉氏遺跡~福井県立恐竜博物館
   


■ 旅行日   
平成27年3月8日(日)~9日(月)                                  
■ コース  
1日目出発8:10 → 三方五湖PA10:24 → (昼食)九谷満月12:10 → 金紋酒造13:45 → みどりの宿萬松閣14:30 2日目9:00出発 → 御菓子の城・百万石城下町9:20 → 一乗谷朝倉氏遺跡10:40 → (昼食)越前そば勝食12:30 → 福井県立恐竜博物館13:30 → 小牧かまぼこ店15:30 → 日本海さかな街16:30 → 帰着18:30 

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この度、地元自治会有志によるバスツアーに参加。行き先は2年前と同じ北陸地方ということでAM8:10に西脇を出発。舞鶴若狭道氷上ICから北陸自動車道加賀ICまで。(小浜IC~敦賀IC間が2014年7月に開通))

小型サロンバス
三方五胡PA
九谷満月 昼食(かに釜飯御膳)
店内

フロント・ロビー
萬松閣
お菓子の城 百万石城下町
御菓子の製造過程を見学 店内の様子
会席料理 朝食
案内板
案内板 遺構
復原された民家内 復原された町並み
庶民の暮らしぶりを再現 町並みを復原した模型
越前そば 勝食 かつ丼セット
福井県立恐竜博物館入り口 エスカレーターで地下へ
10:24 三方五湖PAでトイレ休憩。去年7月に小浜ICから敦賀IC開通に伴い、新設されたパーキングエリア。まだ、新しいとあって清潔で綺麗な施設です。

3月9日

3月8日

15:30頃  敦賀市小牧かまぼこ店に到着。かまぼこ試食、土産物購入。
16:30頃  敦賀日本海さかな街に土産物等の購入のため立ち寄る。
18:30頃 帰着し、今回のバス旅行を終える。

12:10 昼食会場である九谷焼・和食器専門店九谷満月に到着。豪華な昼食(かに釜飯御膳)に皆さんご満悦。また、この店舗では九谷焼の作品が多く展示販売されています。九谷焼は、明暦元年(1655)に、加賀藩の命により、有田で陶技を学んだ後藤才治郎が、江沼郡九谷村で開窯したのが始まりです。
しかし、わずか100年たらずで廃窯。原因はいまだ定かではありませんが、この間に焼かれたものを、現在「古九谷」と呼んでいます。
廃窯後100年は、日本の陶器といえば伊万里焼でした。ところが、江戸後期に、瀬戸で磁器産業が成功したことをきっかけに、加賀でも、春日山焼や若杉焼が作られ始めました。
さらに、その若杉焼が成功したことで、かつて古九谷を生み出した大聖寺藩でも、古九谷再興の動きが強まりました。その中心人物が、大聖寺の豪商、吉田屋伝右衛門だったのです。文政六年(1823)、九谷村の古九谷窯跡の横に登窯を築き、翌年、九谷焼を焼き始めました。
明治時代に入ってからは、九谷庄三(くたに・しょうざ)の彩色金襴手が有名となり、大量の九谷焼が海外へ輸出されました。そのきっかけとなったのが明治6年(1873)のウィーン万博です。「ジャパンクタニ」として九谷焼の名が一気に広まりました。

13:50

14:30 今日の宿泊地である山代温泉萬松閣に到着です。開放感のある広々としたフロント・ロビー。山代温泉を一望する高台に凛と佇む、萬松閣の創業は昭和5年に始まります。以来、屋号の「みどりの宿」に相応しい、緑の自然に包まれた癒しの宿として多くの客を迎えている。まなさん時間的にゆとりがありましたので、おのおの部屋でゆっくり寛ぎました。

9:00 みどりの宿萬松閣を出発。
9:20 買い物のためお菓子の城百万石城下町に立ち寄りました。
御菓子の城は、加賀百万石の伝統文化を受け継ぐ菓子の老舗として、自社製造の商品を中心に常時約300種類以上の歴史に育まれた数々の創作銘菓を、単一企業としては日本一となる広大な売り場に一堂に取りそろえ今に伝えている。。年間120万人が訪れているといわれています。百万石城下町は、日本酒を中心に地元産ワインなど、約200種類の地酒や魚醤「いしる」を使った地元客にも人気のお漬け物、日常使いができる和紙・工芸品など、こだわりの美味しさと楽しさを凝縮した城下町の市(いち)です。御菓子の城でお土産として銘菓加賀福加賀藩の月を購入しました。

10:40 一乗谷朝倉氏遺跡を見学。案内人により説明を受ける。この遺跡は、特別史跡・特別名勝・重要文化財と国の三重指定を受けている。朝倉氏は、現在の兵庫県養父郡八鹿町の豪族で、南北朝時代に朝倉広景が、越前に入国しました。孝景の時代、1467年の応仁の乱での活躍をきっかけに一条谷に本拠を移し、越前を平定しました。以後5代103年間にわたって越前の中心として栄え北陸の小京都とも呼ばれました。しかし、1573年刀根坂の戦いで織田信長に破れ、朝倉氏は敗れ、城下町も焼き討ちにあい廃墟となりました。福井市街地の東南約10kmにあり、戦国大名朝倉氏の城下町の跡がそっくり埋もれていました。昭和42年ごろから発掘調査が進められ、昭和46年には国の特別史跡に指定されました。また、平成3年には、諏訪館庭園等4庭園が特別名勝に指定され、平成19年には、出土品のうち2,343点が重要文化財に指定されました。

12:30 越前そば勝食で昼食です。ボリュームのあるカツ丼セットをいただきました。店内大盛況で空いている席がありませんでした。国道416号線を福井から車で40分、霊峰白山のふもと清流九頭竜川と加越の山並みに抱かれたまち「勝山市」。恐竜モニュメントが右手に見える『恐竜博物館へは左折』の看板を右折すること1分、右手に見える「勝食」の看板が目印。

13:30 福井県立恐竜博物館で約1時間の見学です。1982年に、勝山市北谷の杉山川左岸の崖で、中生代白亜紀前期のワニ類化石が発見された事が発端となり、同地で、福井県立博物館(当時)が1988年に予備調査を実施し、肉食恐竜の歯などを発見した。この調査を踏まえ、1989年から1999年まで第1次・第2次5ヵ年計画で恐竜化石調査事業に取組み、恐竜をはじめとする多数の脊椎動物の歯、骨、足跡等の化石を発見採取した。その数は、日本で発掘された恐竜化石の大部分を占め、さらに、恐竜の連続歩行の足跡化石や肉食恐竜の「かぎづめ」が国内で初めて完全な形で発見されるなど、質的にも非常に優れていた。このようなことから、これらの貴重な恐竜資源を学術研究をはじめ生涯学習、地域振興、イメージアップ等に活用し国内外にアピールするため、恐竜を中心とした古生物やその背景となる地球の歴史を対象にした恐竜博物館が県立博物館から自然系を分離して建設された。施設の概要 敷地面積約30,000㎡延床面積約15,000㎡鉄筋コンクリート造 地上3階・地下1階(恐竜ホールは、鉄骨造のドーム)恐竜ホールの寸法: 高さ 約37.5m、長径 84m、短径 55m エスカレーターの長さ: 約33m。

13:45 石川県小松市内にある伝統の酒蔵、金紋酒造の見学です。酒蔵では、お酒の製造過程の説明、試飲コーナーや贈答コーナー等施設内を丁寧に案内されました。

※ 生きている恐竜?(動画)